夏の陽光が降り注ぎ、奥多摩の山々が生命力あふれる緑に染まる7月。多摩川上流は、ひんやりとした清流のせせらぎと生き物たちの活気が満ちる、絶好の釣りシーズンを迎えます。この時期、川の魚たちはエサを求めて活発に動き回り、渓流釣り師にとっては心躍る季節となります。しかし、夏の釣りには特有の楽しさと同時に、天候の変化や川の状況への注意も必要です。
この記事では、2024年の夏、多摩川上流で渓流釣りに挑戦してみたいと考えている初心者の方に向けて、釣りの準備から実践的なテクニック、安全対策までを網羅した完全ガイドをお届けします。釣りの魅力に触れ、忘れられない夏の思い出を作るための一歩を、ここから踏み出してみましょう。
なぜ7月の多摩川上流が魅力的なのか?

7月の多摩川上流が釣り人、特に初心者を惹きつけるのには明確な理由があります。それは、豊かな自然環境と、そこに息づく魚たちの活発な生命活動にあります。
この時期、水中の世界は賑やかさを増します。水生昆虫の羽化がピークを迎え、魚たちにとって豊富な天然のエサが川を流れます。これにより、魚たちは積極的にエサを追い求めるようになり、釣り人にとっては絶好のチャンスが生まれるのです。奥多摩の深い緑に包まれ、美しい景色の中で竿を出す時間は、それ自体が最高の癒やしとなるでしょう。
この魅力的なフィールドで狙える主なターゲットは、渓流の女王とも称される美しい魚「ヤマメ」です。その流線形の体とパーマークと呼ばれる独特の模様は、多くの釣り人を魅了します。また、より源流部や支流に分け入れば、神秘的な「イワナ」に出会える可能性もあります。さらに、管理釣り場などでは、力強い引きで楽しませてくれる「ニジマス」も放流されており、初心者でも釣果を得やすい環境が整っています。
7月の釣りは、単に魚を釣るだけでなく、川の流れを読み、刻々と変わる自然状況に対応する知的なゲームでもあります。その挑戦を乗り越えて手にした一匹は、格別の感動を与えてくれるはずです。
初心者におすすめ!多摩川上流の鉄板釣り場ポイント
多摩川上流には数多くの釣り場がありますが、初心者が最初の一歩を踏み出すには、段階的にステップアップできる場所選びが成功の鍵となります。まずは釣りの基本を安心して学べる「管理釣り場」から始め、自信がついたらより自然に近い「自然渓流」へと挑戦するのがおすすめです。
まずはここから!安心と釣果を約束する「管理釣り場」
管理釣り場とは、漁協や民間施設が川の一部を区切って管理し、定期的に魚を放流している釣り場のことです。足場が整備され、レンタルタックルやトイレなどの設備も充実しているため、釣りの経験が全くない方でも安心して楽しむことができます。まさに、釣りの基本を学ぶための「練習場」として最適な環境です。
スポットライト:奥多摩フィッシングセンター
JR御嶽駅から徒歩約15分というアクセスの良さが魅力です。この施設は、初心者向けの区画されたエリアから、本格的な本流エリアまで用意されており、レベルに合わせて楽しむことができます。特に初心者エリアは魚影が濃く、釣れる確率が非常に高いため、魚の引きを体験し、釣りの一連の流れを覚えるのに最適です。レンタル竿もあり、釣った魚をその場でさばいてもらえるサービスもあるため、手ぶらに近い形で行けるのも嬉しいポイントです。主にニジマスがターゲットですが、時にはヤマメやイワナも放流されます。一つ注意点として、車でアクセスする際は、カーナビの案内に頼らず「青梅街道」から入場する必要があります。別の道を案内されるとUターン困難な道に入ってしまう可能性があるため、事前に公式サイトのアクセスマップを確認しましょう。
スポットライト:氷川国際ます釣場
JR奥多摩駅から徒歩わずか5分という、電車でのアクセスが抜群の管理釣り場です。釣り場までの道が平坦なため、体力に自信がない方や家族連れにも大変人気があります。手軽に奥多摩の自然の中で釣りを体験したい場合に最適な選択肢と言えるでしょう。
初心者向け管理釣り場比較
釣り場名 | アクセス | 主な魚種 | 初心者向け特徴 |
奥多摩フィッシングセンター | JR御嶽駅から徒歩約15分 | ニジマス、ヤマメ、イワナ | レベル別の釣り場、レンタル充実、魚の調理サービスあり |
氷川国際ます釣場 | JR奥多摩駅から徒歩約5分 | ニジマス | 駅からのアクセスが抜群、平坦で歩きやすい |
日原渓流釣場 | JR奥多摩駅からバス、車 | ヤマメ、イワナ、ニジマス | より自然渓流に近い雰囲気で本格的な釣りが楽しめる |
自然渓流に挑戦!御岳~軍畑エリア
管理釣り場で釣りの基本に慣れたら、いよいよ自然の川での釣りに挑戦してみましょう。御岳駅から軍畑大橋にかけてのエリアは、美しい渓谷美と、瀬や淵が連続する変化に富んだ流れが特徴で、渓流釣りの醍醐味を存分に味わえる人気のフィールドです。
自然の川で魚を釣るためには、「川を読む」技術が不可欠です。魚は川のどこにでもいるわけではなく、特定の場所に潜んでいます。初心者が覚えるべき基本的なポイントは以下の通りです。

- 淵(ふち):川の流れが緩やかで水深がある場所。特に暑い7月の日中は、魚が日差しを避けて休む「シェード(日陰)」が絡む淵が絶好のポイントになります。大物が潜んでいる可能性も高い場所です。
- 瀬(せ):水深が浅く、流れが速い場所。水面が波立っているため、魚にとっては天敵から身を隠すカバーとなり、同時に流れてくるエサを待ち構える「食堂」のような場所です。
- ストラクチャー:水中の大きな岩や沈んだ木、橋脚などの障害物のこと。魚は流れを避けたり、外敵から身を隠したりするために、こうしたストラクチャーの周りに定位します。特に、流れ込みや崩れたブロック周辺は魚が着きやすい一級ポイントです。
また、このエリアでは7月になるとラフティングやカヤックを楽しむ人々も増えます。これは一見釣りの邪魔に思えるかもしれませんが、逆手に取ることで戦略的なポイント選びが可能になります。ラフティングボートが通る川の筋を避けて、ボートが入れないような少し脇にそれた流れや、岩陰などを探してみてください。人の気配や物音に驚いた魚たちが、そうした安全な場所に逃げ込んでいる可能性が高いのです。他の川遊びの人とのトラブルを避けつつ、賢く魚の隠れ家を見つけ出すことが釣果への近道となります。
釣り方入門:初心者がヤマメを釣るためのテクニック

多摩川上流の渓流釣りでは、主に「餌釣り」と「ルアーフィッシング」の2つの方法でヤマメを狙うことができます。これらは単に使う道具が違うだけでなく、魚へのアプローチの仕方が異なります。餌釣りは魚が普段食べているものを自然に流して食わせる「同化」の釣り、ルアーフィッシングは偽物の餌の動きで魚の捕食本能や縄張り意識を刺激して食わせる「誘発」の釣りと言えるでしょう。それぞれの基本を解説します。
手軽で奥深い「餌釣り」の基本
魚にとって本物のエサを使う餌釣りは、最も確実性が高く、初心者でも釣果を得やすい方法です。
- タックル(道具):長さ5.3 mから7 m程度の「渓流竿」と呼ばれる延べ竿を使います。リールはなく、竿の先に直接釣り糸を結びます。仕掛けは、道糸(0.6号程度のナイロンライン)、ハリス(0.4号程度のフロロカーボンライン)、目印、オモリ(ガン玉)、ハリ(ヤマメスレ5号など)で構成されます。釣具店で販売されている「渓流釣り仕掛けセット」を購入すれば、簡単に準備ができます。
- エサ:最も効果的なのは、現地の川で採取する「川虫」(クロカワムシ、オニチョロなど)ですが、初心者には採取が難しいかもしれません。釣具店で手軽に購入できる「イクラ」や「ブドウ虫(蛾の幼虫)」、「ミミズ」でも十分に釣果が期待できます。
- 釣り方(ナチュラルドリフト):餌釣りの基本は、エサをいかにも自然に流す「ナチュラルドリフト」です。魚が潜んでいそうなポイントの少し上流に仕掛けを振り込み、流れに乗せて自分の目の前を通過させます。このとき、糸が不自然に張ったり緩んだりしないよう、竿先でコントロールするのがコツです。目印がスッと引き込まれたり、不自然に止まったりしたら、それが魚のアタリ。素早く竿を立ててアワセを入れましょう。
動きで誘う「ルアーフィッシング」の魅力
ルアーフィッシングは、積極的にルアーを操作して魚を誘い出す、ゲーム性の高い釣りです。エサを触るのが苦手な方や、よりアクティブに釣りを楽しみたい方におすすめです。
- タックル(道具):長さ5.5 ft(約1.7 m)前後のUL(ウルトラライト)クラスのスピニングロッドに、小型のスピニングリール(1000番~2000番サイズ)、そして4 lb(ポンド)のナイロンラインを巻くのが基本の組み合わせです。
- ルアー:初心者が揃えるべきルアーは3種類です。
- シンキングミノー:5 cm程度の小魚を模したルアー。渓流で最も万能なルアーの一つで、ただ巻きや竿先を小さく動かすアクションで魚を誘います。
- スプーン:3 gから5 g程度の金属製のルアー。ひらひらと不規則に揺れながら沈む動きが、弱った小魚や流される昆虫を演出し、魚の食い気を誘います。
- スピナー:ブレード(羽根)が回転することで、強い波動と光の反射を生み出すルアー。アピール力が高く、魚にルアーの存在を気づかせたい時に有効です。
- 釣り方(アップストリームキャスト):渓流ルアーの基本は、自分より上流に向かって投げる「アップストリームキャスト」です。ポイントの少し先にルアーを投げ入れ、流れより少し速いスピードでリールを巻き、ルアーを泳がせます。特に有効なのが、川の対岸や斜め上流に投げて、ルアーを流れに乗せて自分の正面をU字にターンさせるように引いてくる方法です。このU字ターンの瞬間に魚がバイトしてくることが非常に多い、必殺のテクニックです。
釣りの前に必ずチェック!ルールとマナー

楽しい釣りをするためには、定められたルールを守り、他の川の利用者への配慮を忘れないことが大切です。
「遊漁券」は必須!購入方法かんたんガイド
多摩川で釣りをするには、漁業協同組合が発行する「遊漁券」の購入が法律で義務付けられています。これは単なる「釣り料金」ではありません。遊漁券の収益は、ヤマメやアユの稚魚の放流、産卵場の整備、河川環境の保全活動などに充てられており、遊漁券を購入することは、未来の豊かな川を守るための「協力」でもあるのです。
購入方法は主に3つあり、非常に便利になっています。
- オンライン(つりチケ):スマートフォンやパソコンから24時間いつでも購入できる最も手軽な方法です。「つりチケ」などのサービスを利用すれば、クレジットカード決済などで簡単に購入できます。多くの場合、購入した券を印刷して携帯する必要がありますが、専用アプリで画面を提示すればOKな漁協もあります。
- コンビニエンスストア:セブン-イレブンなどの店内に設置されているマルチコピー機でも日釣り券を購入できます。画面の案内に従って操作し、発券されたレシートをレジに持っていき支払いを済ませれば完了です。漁協によっては商品番号が設定されており、それを入力すると素早く購入できます。
- 釣具店・漁協事務所:昔ながらの方法ですが、地元の釣具店や漁協の販売所で購入することもできます。この方法の最大のメリットは、購入時に「最近どの辺りで釣れていますか?」といった、最新の生きた情報を得られることです。
多摩川上流(奥多摩漁協)の遊漁券
券種 | 対象魚種 | 料金(事前購入) | 主な購入方法 |
日釣券 | ヤマメ、イワナ、ニジマス | 2,500円 | オンライン、コンビニ、釣具店 |
年券 | ヤマメ、イワナ、ニジマス | 8,000円 | 釣具店、漁協、オンライン |
雑魚券(日釣) | ウグイ、オイカワ等 | 700円 | コンビニ、釣具店 |
注意:監視員から直接購入する「現場売り」は割高になります。 |
みんなで楽しむための川のルール
- 規則を守る:全長10 cm以下のヤマメなど、小さな魚はリリース(再放流)する規定があります。地域のルールを守りましょう。
- 先行者に配慮する:もし先に釣りをしている人(先行者)がいたら、その人の邪魔にならないよう、静かに十分な距離をとって追い越すか、別の場所を探しましょう。
- 他の利用者と譲り合う:川は釣り人だけのものではありません。ラフティングやハイキングを楽しむ人々にも敬意を払い、お互いが気持ちよく過ごせるようにしましょう。
- ゴミは持ち帰る:釣りで出たゴミ(仕掛けのパッケージ、切れた釣り糸、エサの容器など)は、必ず全て持ち帰りましょう。
安全に楽しむための準備と心構え
自然の中での遊びである渓流釣りには、危険も伴います。特に夏の釣りでは、天候、生物、物理的な事故という3つのリスクを正しく理解し、事前に対策を講じることが何よりも重要です。
必須の服装と装備リスト
安全で快適な釣りをするために、以下の装備を準備しましょう。
- 足元:川底の苔で滑るため、スニーカーは非常に危険です。靴底がフェルトやラバー素材でできた滑りにくい「ウェーディングシューズ」は必須です。
- 下半身:転倒時の怪我や虫刺されから足を守るために「ウェーダー」を着用します。暑い日には、速乾性のタイツとハーフパンツを組み合わせる「ウェットウェーディングスタイル」も快適です。
- 安全装備:万が一の落水に備え、「ライフジャケット」は必ず着用しましょう。浅い場所でも転倒して頭を打つ危険があります。
- 頭部:日差しを防ぎ、木の枝などから頭を守るために「帽子」は必須です。
- 目:「偏光サングラス」は目の保護に不可欠です。水面のギラつきを抑えて水中を見やすくするだけでなく、飛んでくるルアーや木の枝から目を守る重要な役割があります。
- その他:天候の急変に備える「レインウェア」、道具を入れる「ベスト」や「バックパック」、手を保護する「グローブ」、応急処置セット、虫除け、熊鈴、スマートフォンの予備バッテリーなども準備しましょう。
7月の多摩川で特に注意すべき3つのこと
- 天候の急変と川の増水:夏の山岳地帯では天候が急変しやすく、上流で「集中豪雨」が発生すると、自分のいる場所が晴れていても川の水位が急激に上昇することがあります。7月の奥多摩は雨が降る確率も比較的高いため、油断は禁物です。釣行前には必ず天気予報を確認し、国土交通省の「川の防災情報」ウェブサイトなどでリアルタイムの水位をチェックする習慣をつけましょう。安全に見える川の中州も、増水時には逃げ場を失う危険な場所になることを忘れないでください。
- 熱中症と危険生物:
- 熱中症:川辺は涼しく感じても、日差しは強力です。こまめな水分補給を心がけ、帽子をかぶり、適度に日陰で休憩を取りましょう。
- 危険生物:
- 熊:単独での行動は避け、自分の存在を知らせるために「熊鈴」を携帯しましょう。
- スズメバチ:黒っぽい服装は避け、蜂を刺激しないよう、もし遭遇したら騒がずにゆっくりとその場を離れましょう。
- ヤマビル:ヒル除けスプレーを靴やウェーダーに噴霧しておくと効果的です。
- 転倒と怪我:川底は滑りやすく、常に転倒のリスクがあります。ゆっくり慎重に行動し、可能であれば「ウェーディングスタッフ(杖)」を使って体を支えると安全性が格段に向上します。適切なフットウェアとライフジャケットの着用が、万が一の際の最後の砦となります。
まとめ
7月の多摩川上流は、豊かな自然の中で渓流釣りの醍醐味を味わえる素晴らしいフィールドです。初心者の方は、まず管理釣り場で釣りの基本を学び、自信がついたら自然の渓流へとステップアップしていくのが成功への近道です。
釣行前には必ず遊漁券を購入し、それが川の環境保全に繋がっていることを心に留めておきましょう。そして何より、天候のチェックや適切な装備など、安全対策を万全にして臨むことが大切です。
川の流れを読み、魚との駆け引きを楽しみ、そして美しいヤマメに出会う。この夏、多摩川上流で、そんな忘れられない冒険に挑戦してみてはいかがでしょうか。ルールとマナーを守り、自然への感謝の気持ちを忘れずに、最高の1日をお過ごしください。