はじめに
ようこそ、アオリイカ釣りの世界へ!
アオリイカ釣りは、日本全国で楽しめる、非常に奥深く魅力的な釣りです。その人気の理由は、ゲーム性の高い駆け引きと、釣り上げた後の格別な食味にあります。生き物相手の繊細なアプローチが求められる一方で、タックル(釣り道具)は比較的シンプルで、初心者からベテランまで、誰もが夢中になれる要素が詰まっています。このガイドでは、これからアオリイカ釣りを始めたいと考えているあなたのために、必要な知識と技術を余すところなく、丁寧に解説していきます。
「エギング」とは?イカを魅了するルアーフィッシングの真髄
アオリイカ釣りの主流となっているのが「エギング」と呼ばれる釣法です。これは、「餌木(えぎ)」という日本古来の疑似餌(ルアー)を使ってアオリイカを狙う、ルアーフィッシングの一種です。その語源は、餌木(Egi)に英語の進行形(ing)を組み合わせた和製英語とされています。
餌木の歴史は古く、一説には300年以上前、漁師が海に落とした松明にイカが抱きついたことから着想を得たと伝えられています。エビや小魚を模したその独特の形状と動きで、アオリイカの捕食本能を巧みに刺激します。
なぜアオリイカは釣り人を魅了するのか?その味と釣趣
アオリイカが「イカの王様」と称されるのには、二つの大きな理由があります。一つは、その類まれなる美味しさです。肉厚で強い甘みと、ねっとりとした食感は、刺身や天ぷらなど、どんな料理でも絶品です。
そしてもう一つが、その釣趣、つまり釣りの面白さです。アオリイカは非常に賢く、視力も良いため、ただルアーを投げて巻くだけではなかなか釣れません。エギの動きを自在に操り、イカの警戒心を解き、捕食のスイッチを入れる。その知的な駆け引きこそが、エギングの最大の魅力であり、多くのアングラーを虜にする理由なのです。日本全国の沿岸部に広く生息しているため、身近なターゲットでありながら、その価値は非常に高いと言えるでしょう。
第1章:アオリイカ釣りのベストシーズンはいつ?

アオリイカ釣りで釣果を上げるためには、まず「いつ釣るか」を知ることが最も重要です。アオリイカの約1年という短い一生を理解することで、狙うべきシーズンが見えてきます。
春は「親イカ」秋は「数釣り」!2つのゴールデンシーズンを狙え
アオリイカ釣りには、大きく分けて二つのハイシーズンが存在します。それは「春」と「秋」です。
春(おおむね3月~6月):「親イカ」シーズン
春は、冬の間に沖の深場で大きく成長したアオリイカが、産卵のために浅場へやってくる季節です。この時期に釣れるイカは「親イカ」と呼ばれ、1kgから、時には3kgを超えるような大型が狙えます。自己記録更新を狙うアングラーにとっては夢のあるシーズンですが、個体数が少なく警戒心も非常に強いため、難易度は高くなります。シーズンの始まりは、海水温が安定して16℃を超える頃が目安となります。
秋(おおむね9月~11月):「数釣り」シーズン
秋は、その年の初夏に生まれた「新子(しんこ)」と呼ばれる小さなアオリイカが釣れ盛る季節です。この時期のイカは好奇心旺盛で、エギへの反応が非常に良いため、初心者の方がエギングを始めるのに最適なシーズンと言えます。サイズは小さいものの、数多くのアタリと釣果が期待できるため、「数釣り」を楽しむことができます。
この二つの季節の違いは、アオリイカのライフサイクルそのものです。春は子孫を残すための「繁殖行動」が中心であり、秋は成長するための「捕食行動」が中心となります。この生態を理解することが、釣果への第一歩です。初心者がまず釣りの楽しさを体験し、基本的な動作を覚えるには、イカの数が多く、活性が高い秋シーズンが圧倒的におすすめです。
項目 | 春のエギング (親イカ) | 秋のエギング (新子) |
時期 | 3月~6月頃 | 9月~11月頃 |
狙えるサイズ | 1kg~3kg以上 | 100g~500g程度 |
難易度 | 高い | 低い |
主なポイント | 産卵場所となる藻場、潮通しの良い岬や磯 | 港内、堤防の際、穏やかな湾内 |
おすすめエギサイズ | 3.5号~4.0号 | 2.5号~3.5号 |
「マズメ時」の魔法:朝と夕方が絶対的なチャンスタイム
季節を問わず、アオリイカが最も活発にエサを追い求める時間帯、それが「マズメ時」です。マズメ時とは、日の出前後の「朝マズメ」と、日没前後の「夕マズメ」を指します。この薄暗い時間帯は、アオリイカの獲物である小魚の活動が活発になり、光量の変化がイカに捕食のスイッチを入れます。時にはエギを投げ入れればすぐに釣れる「入れ食い」状態になることもある、まさにゴールデンタイムです。
日中と夜釣りのエギング:それぞれのメリット・デメリット
日中(Daytime)
特に秋のシーズン、日中の釣りは初心者にとって大きなメリットがあります。それは「サイトフィッシング」が可能になることです。サイトフィッシングとは、目でイカの姿を確認しながら釣る方法で、エギを追いかけてきて抱きつく瞬間を見ることができます。この視覚的な情報は、エギの動かし方やイカの反応を学ぶ上で、何物にも代えがたい経験となります。
夜釣り(Nighttime)
夜は、日中に比べて釣り人のプレッシャーが少なく、警戒心の強い大型のイカが活発に活動する時間帯です。しかし、暗闇の中ではラインの動きでアタリを取るのが難しくなるため、初心者にはやや難易度が高いと言えるでしょう。まずは日中の釣りで感覚を掴んでから挑戦するのがおすすめです。
潮を読めば釣果は変わる!「潮汐」の重要性
海釣りにおいて「潮の動き(潮汐)」を理解することは、釣果を大きく左右する重要な要素です。潮が動くことで海水中のプランクトンや小魚が活発になり、それを捕食するアオリイカのスイッチも入るのです。
タイドグラフの見方
釣具店のウェブサイトやアプリで「タイドグラフ(潮見表)」を確認する習慣をつけましょう。グラフの山が「満潮」、谷が「干潮」を示し、その間の潮位が変化している時間帯が「上げ潮」「下げ潮」です。
大潮はビッグチャンス
潮の干満差が最も大きい「大潮」の日は、潮の流れが最も速くなり、魚やイカの活性が上がりやすい絶好のチャンスです。
「上げ三分、下げ七分」を狙え
満潮や干潮で潮の流れが完全に止まる「潮止まり」から、再び潮が動き始めるタイミングが特に狙い目です。古くから「上げ三分、下げ七分」という格言があり、これは潮が動き始めてからしばらく経った、流れが安定してきた時間帯を指します。
ただし、この潮のセオリーには季節による例外も存在します。春の大型イカは、満ち潮に乗って産卵場所である浅場へ移動してきます。一方で、秋の小さなイカにとっては、潮位が下がる「下げ潮」や「干潮」時に、天敵である大型魚が入れない浅場が安全な食事場所となります。そのため、秋の初心者の方は、あえて潮位が低い時間帯に浅場を狙ってみるという戦略も非常に有効です。これは、一般的なセオリーとは少し異なりますが、イカの生態に基づいた合理的な狙い方なのです。
第2章:アオリイカはどこにいる?釣れるポイントの選び方

どんなに良い道具やテクニックがあっても、アオリイカのいる場所に投げなければ釣れません。ここでは、初心者でも釣果が期待できるポイントの選び方を解説します。
まずは堤防(漁港)から始めよう!初心者の最強の味方
エギングを始めるなら、まずは「堤防」や「漁港」が最適です。足場が良く安全性が高いだけでなく、堤防という人工的な構造物自体が、アオリイカとそのエサとなる小魚が集まる絶好の住処となっているからです。
釣れるポイントを見抜く!注目すべき5つの特徴
広大な堤防の中で、特にアオリイカが潜んでいる可能性が高い場所には共通の特徴があります。
① スミ跡を探せ!
地面に黒いシミ、これが「スミ跡」です。過去にアオリイカが釣り上げられた際に吐いた墨の跡で、これほど直接的な証拠はありません。スミ跡が多ければ多いほど、そこは実績のある一級ポイント。触ってみて濡れていたり、色が濃かったりすれば、ごく最近に釣れた証拠であり、期待大です。
② 藻場(モバ)はアオリイカの揺りかごであり食卓
海中に海藻が生い茂る「藻場」は、アオリイカにとって非常に重要な場所です。春には産卵場所となり、秋には生まれた子イカが外敵から身を隠し、エサを捕るための隠れ家となります。アオリイカが「モイカ(藻イカ)」と呼ばれるほど、この両者の関係は密接です。
③ 潮通しの良さと地形変化
アオリイカもそのエサも、潮の流れに乗って回遊します。そのため、潮の流れが直接当たるような場所は、イカの通り道になりやすいです。具体的には、「堤防の先端」や「堤防の曲がり角」などが挙げられます。また、船の通り道として掘られた「ミオ筋」や、海中に隠れた岩「沈み根」なども、流れに変化を生み出し、イカが付きやすい好ポイントです。
④ ベイト(小魚)の存在
アオリイカは肉食です。海を覗き込んだ時に、アジやイワシなどの小魚(ベイトフィッシュ)の群れが見えれば、それを狙うアオリイカも近くにいる可能性が非常に高くなります。生命感のない海では、釣果は期待しにくいでしょう。
⑤ 常夜灯の周り
夜釣りをする場合、港に設置された「常夜灯」の周りは絶対に見逃せないポイントです。光にプランクトンが集まり、それを食べに小魚が集まり、さらにその小魚を狙ってアオリイカが集まるという食物連鎖が生まれるからです。
これらの特徴は、単独でも良いポイントになり得ますが、最高のポイントはこれらの要素が複合している場所です。例えば、「潮通しの良い堤防の先端」の近くに「藻場」があり、足元には「スミ跡」が点在し、海中には「小魚の群れ」が見える。そんな場所を見つけられれば、釣果は目前です。
堤防以外の有望ポイント:磯とサーフ
エギングに慣れてきたら、堤防以外の場所にも挑戦してみましょう。「磯」は地形が複雑で大型が潜んでいることが多いですが、足場が悪く危険も伴います。「サーフ(砂浜)」でも、岸から急に深くなっている場所(ブレイクライン)は回遊ルートになっていることがあります。まずは安全な堤防で経験を積み、ステップアップとしてこれらのポイントを検討するのが良いでしょう。
第3章:タックル準備編!最初のエギングセットを揃えよう

エギングの魅力の一つは、タックルが比較的シンプルであることです。複雑な仕掛けや活きエサは不要で、基本的には4つのアイテムがあれば釣りを始められます。
基本の4点セット:ロッド、リール、ライン、エギ
まずは、この4つを揃えることから始めましょう。
エギングロッドの選び方:長さと硬さの基本
エギをキビキビと動かす(シャクる)動作が多いため、専用の「エギングロッド」を選ぶのが最適です。
- 長さ:8フィート(約2.4m)から8.6フィート(約2.6m)が、様々な釣り場で扱いやすく、オールラウンドな標準レングスです。
- 硬さ(パワー):春の大型から秋の数釣りまで、年間を通して最も使用頻度の高い3号~3.5号のエギを快適に扱える「M(ミディアム)」または「ML(ミディアムライト)」クラスがおすすめです。
リールの選び方:初心者に最適なサイズと機能
ロッドとのバランスを考えて、軽めのスピニングリールを選びましょう。
- サイズ:2500番から3000番がエギングの標準サイズです。
- 特徴:細いPEラインを巻くのに適した「シャロースプール(浅溝スプール)」仕様(モデル名に”S”が付くことが多い)がトラブルも少なくおすすめです。また、シャクった後の糸フケを素早く回収できる「ハイギア」仕様(”H”や”HG”が付く)だと、より快適に釣りが行えます。
ラインシステム:PEラインとリーダー、その結束
ラインは釣果を左右する非常に重要な要素です。
- PEライン:伸縮性がほとんどなく、イカの繊細なアタリを伝え、エギに鋭いアクションを与えるために必須のラインです。初心者の方は、扱いやすさと強度のバランスが良い0.6号~0.8号を150m~200mほどリールに巻いておきましょう。
- ショックリーダー:PEラインは摩擦に弱いという弱点があります。根ズレ(海底の岩や障害物に擦れること)からラインを守り、イカにラインの存在を見破られにくくするために、PEラインの先端に「ショックリーダー」を結びます。素材は擦れに強いフロロカーボンの2.0号~3.0号を、1m~1.5mほどの長さで接続するのが基本です。
- 結束(ノット):PEラインとリーダーの結束には「FGノット」が強度的に最も優れていますが、習得に少し時間がかかります。まずは「電車結び」など、比較的簡単で覚えやすいノットから始めても問題ありません。大切なのは、釣り場で確実に結べることです。
あると便利なアクセサリー
- タモ網(ランディングネット):これは「便利」というより「必須」アイテムです。500gを超えるようなアオリイカは、水の抵抗と自重で非常に重く、ロッドで抜き上げようとすると身切れしてバレたり、最悪の場合ロッドが折れたりします。安全・確実に獲物を取り込むために、必ず用意しましょう。
- スナップ:エギを交換するたびにラインを結び直すのは大変です。リーダーの先端にこの小さな金具を結んでおけば、エギの交換がワンタッチで素早く行えます。
- ヘッドライト:マズメ時や夜釣りの必需品。両手が自由になるヘッドライトは安全確保のためにも重要です。
- 水汲みバケツ:釣ったイカが吐いたスミを洗い流すマナーのために必要です。
アイテム | 推奨スペック | ポイント |
ロッド | 8フィート3インチ~8フィート6インチ、MまたはMLクラス | エギング専用モデルが感度・操作性ともに最適 |
リール | 2500番~3000番スピニングリール | シャロースプール、ハイギアモデルが推奨 |
PEライン | 0.6号~0.8号を150m~200m | 視認性の良いカラーを選ぶとアタリが分かりやすい |
ショックリーダー | フロロカーボン 2.0号~3.0号を1m~1.5m | 根ズレ対策と、イカへのプレッシャー軽減のために必須 |
第4章:エギングの実践!基本の釣り方「シャクって、落とす」

タックルが揃ったら、いよいよ実践です。エギングの基本動作は非常にシンプル。一連の流れを覚えて、繰り返し練習しましょう。
基本動作は「投げて、沈めて、シャクって、また沈める」の繰り返し
エギングの核心は、この「シャクリ(ジャーク)」と「フォール(沈下)」のコンビネーションにあります。この動きで、エギがパニックになって逃げ惑うエビや小魚を演出し、アオリイカの捕食本能を刺激するのです。
STEP 1:キャストと「底取り」
まずはエギをポイントへ投げ込みます。力任せではなく、ロッドのしなりを利用してスムーズにキャストしましょう。
エギが着水したら、すぐに「底取り(そこどり)」を行います。これは、エギを海底まで沈めることで、その場所の水深を把握するための最も重要な最初のステップです。リールのベールを返し、ライン(糸)をフリーにすると、エギの重みでラインがスルスルと出ていきます。このラインの放出が止まったら、それが着底の合図です。
STEP 2:「シャクリ」でエギに命を吹き込む
エギが着底したら、余分な糸フケを巻き取り、ロッドを鋭くあおって「シャクリ」を入れます。この動作によって、エギは海底からピョンピョンと跳ね上がり、左右にダート(不規則な動き)します。この動きで、遠くにいるイカにエギの存在をアピールするのです。まずはロッドを1回シャクるごとにリールを1回転させる基本のシャクリから練習し、慣れてきたら2回、3回と連続でシャクることで、よりアピール力を高めることができます。
STEP 3:「フォール」こそが勝負の瞬間
ここがエギングで最も重要なポイントです。アオリイカは、激しく動いているエギにアタックすることは稀で、シャクられたエギがひらひらと沈んでいく「フォール」の最中に抱きついてくることがほとんどです。シャクリはあくまでイカを寄せるための「誘い」であり、フォールがイカに食わせる「間」なのです。
- フリーフォール:ラインをたるませた状態で、エギを自然に速く沈める方法。素早く底を取り直したい時に有効です。
- テンションフォール(カーブフォール):ラインを軽く張ったまま、エギをゆっくりとカーブを描くように沈める方法。イカのアタリが格段に取りやすくなるため、初心者はまずこのフォールをマスターすることが釣果への近道です。
STEP 4:アタリを見極める!ラインと手元に集中
アオリイカのアタリは、魚のように「ガツン!」と明確に来ることは少なく、非常に繊細です。テンションフォール中に、全神経をラインと竿先に集中させましょう。
- スルスルと沈んでいたラインの出がフッと止まる、またはたるむ。
- ラインが横や手前にスーッと走る。
- 竿先に「コン」「クッ」といったごく僅かな違和感が伝わる。これらがアタリのサインです。初心者にとって最も大切な心構えは、「何か少しでもおかしいと感じたら、迷わずアワセる!」ことです。
STEP 5:アワセと取り込み
アタリを感じたら、間髪入れずにロッドを大きく、しかし力みすぎずにシャープにあおって「アワセ(フッキング)」を入れます。エギの針(カンナ)にはカエシがないため、フッキングが決まったら、常にラインのテンションを保ったままリールを巻き続けます。緩めると簡単にバレてしまいます。足元まで寄せたら、無理に抜き上げず、必ずタモ網を使って慎重に取り込みましょう。
初心者が陥りがちなのは、アタリがないことに焦れて、フォールの時間を十分に取らずにすぐ次のシャクリに移ってしまうことです。しかし、イカは少し離れた場所からエギの様子をうかがっているかもしれません。シャクリで興味を引き、弱った獲物のように見せかけるフォールでじっくりと観察させ、安心して抱きつかせる。この「待つ」ことの重要性を理解し、「フォールを信じる」ことができれば、あなたの釣果は劇的に変わるはずです。
第5章:エギを制する者はエギングを制す!カラーと種類の使い分け

エギングコーナーに行くと、無数の色や形のエギが並んでいて、どれを選べばいいか分からなくなってしまいます。しかし、基本的な理論を理解すれば、エギ選びはもっと楽しく、戦略的になります。
驚きの事実!アオリイカは「色盲」だった?
まず知っておきたいのは、近年の研究で、アオリイカは人間のように多彩な色を識別する能力(色覚)を持たない、いわゆる「色盲」である可能性が高いとされていることです。彼らの世界は、色の違いではなく、光の明暗やコントラストで見えていると考えられています。ではなぜ、エギのカラーが重要なのでしょうか?それは、色によって水中での「シルエットの濃さ」や「光の反射の仕方」が変わり、イカにとっての「見えやすさ」が大きく変化するからです。
「下地テープ」の秘密:エギの本当のアピール力はここにある
エギのカラーを考える上で、表面の布の色以上に重要とされるのが、その下に巻かれている「下地テープ」です。このテープが、エギの光の反射やシルエットを決定づける心臓部なのです。
- 赤テープ:光が届きにくい夜間、濁り潮、深場などで絶大な効果を発揮します。水中では赤色は最も早く吸収されて黒に見えるため、イカに対してエギのシルエットを最もハッキリと見せることができます。
- 金テープ:日中やマズメ時、常夜灯下など、あらゆる状況で安定した釣果をもたらすオールラウンダー。特に少し濁りのある水中で、ぼんやりとアピールする光り方が効果的です。
- 銀テープ:澄み潮で太陽光が強い状況に最適。ベイトフィッシュの鱗のように、キラキラと強く反射(フラッシング)してアピールします。
- マーブル(虹)テープ:様々な色の性質を併せ持ち、どんな状況にも対応しやすい万能カラー。最初に投げるパイロットエギとして、また、どの色が良いか迷った時におすすめです。
特殊エギを使いこなす:ケイムラ、夜光、ラトル
下地テープに加え、特殊なアピール要素を持つエギも存在します。
- ケイムラ(紫外線発光):人間の目には見えませんが、太陽光に含まれる紫外線に反応して青白く発光する特殊な塗料です。日中、特に曇天時など紫外線が強い状況で、イカにだけ見える光でアピールします。
- 夜光(グロー):光を蓄えて自ら発光するタイプ。月明かりもない真っ暗な夜や、光の届かない深場で、エギの存在を知らせるのに非常に有効です。
- ラトル:内部にオモリが入っており、シャクると「カラカラ」と音を出すタイプ。音や振動で広範囲のイカにアピールでき、特に活性が高い時や濁り潮で効果的です。
サイズと沈下速度の選び方
- サイズ(号数):イカの大きさに合わせるのが基本です。秋の数釣りシーズンは2.5号~3.0号、春の大型狙いでは3.5号~4.0号がメインとなります。
- 沈下速度:同じ号数でも、ゆっくり沈む「シャロータイプ」、速く沈む「ディープタイプ」などがあります。根掛かりしやすい浅い藻場ではシャロータイプ、潮が速い場所や深場ではディープタイプと使い分けることで、攻略の幅が広がります。
状況 | おすすめ下地 | 理由 |
日中・晴れ・澄み潮 | 銀、マーブル | 強い光を反射させ、小魚のようなフラッシングでアピールする。 |
マズメ・曇り | 金、ケイムラ | 少ない光を効率よく集めて反射させ、存在感を出す。 |
夜・濁り潮・深場 | 赤、夜光(グロー) | シルエットを際立たせるか、自ら発光してイカに発見させる。 |
第6章:もう一つの奥深き世界「ヤエン釣り」入門
エギングと並んで、アオリイカを狙うもう一つの代表的な釣法が「ヤエン釣り」です。これはエギングとは全く異なる、独特の魅力を持つ釣りです。
ヤエン釣りとは?生きアジを使った戦略的ゲーム
ヤエン釣りは、和歌山県発祥とされる伝統的な釣法です。その最大の特徴は、エサとなる生きたアジには針を付けず、アオリイカがアジを捕食している最中に、「ヤエン」と呼ばれる専用の掛け針を道糸に沿って滑り込ませて引っ掛ける、という点にあります。
我慢と駆け引きの連続!その独特なプロセス
ヤエン釣りの魅力は、そのスリリングなプロセスに集約されます。アジを泳がせ、イカが抱きつくアタリを待つ「我慢」。イカに違和感を与えずにアジを十分に食べさせ、ゆっくりと手前へ寄せてくる「駆け引き」。そして、最適なタイミングでヤエンを投入し、フッキングさせるまでの「緊張感」。成功率が100%ではないからこそ、釣り上げた時の達成感は格別です。
ヤエン釣りに必要な基本タックル
ヤエン釣りには、エギングとは異なる専用のタックルが必要となります。主に、長くて柔らかい「磯竿」、イカの引きに合わせてスムーズに糸を出す機能を持つ「リアドラグ式」や「レバーブレーキ式」のリール、そしてアジを生かしておくための「アジ活かしバケツ」と「エアポンプ」などです。エギングに慣れた後の、次のステップとして挑戦してみるのも面白いでしょう。
第7章:安全とマナーを守ってこそ一流のアングラー

釣りは自然を相手にするレジャーです。素晴らしい趣味を末永く楽しむためには、安全対策と釣り場でのマナー遵守が不可欠です。
命を守るライフジャケット:陸っぱりでも着用は絶対
船釣りでは着用が法律で義務付けられていますが、堤防や磯からの釣り(陸っぱり)であっても、ライフジャケットの着用は命を守るための絶対条件です。足場の良い堤防でも、濡れた場所で滑ったり、不意の波でバランスを崩したりと、落水の危険は常に潜んでいます。自分の命は自分で守るという意識を持ち、必ず着用しましょう。
漁港は漁師さんの仕事場:敬意を払った行動を
私たちが釣りを楽しむ漁港は、漁師さんたちにとっては生活を支える大切な仕事場です。漁船の係留ロープの近くで釣りをしたり、作業の邪魔になるような場所に荷物を置いたりすることは絶対にやめましょう。また、早朝や夜間は、近隣住民の方への配慮として、大声での会話や車のドアの開閉音などにも注意が必要です。
最重要マナー!「スミ跡」は必ず洗い流す
これはエギングを楽しむ上で、最も守るべきマナーの一つです。釣り上げたイカが吐いた墨を堤防に残したままにすると、景観を損なうだけでなく、漁師さんの仕事の妨げにもなります。釣り場を汚してしまえば、やがては釣り禁止という最悪の事態にも繋がりかねません。必ず「水汲みバケツ」を持参し、釣りが終わった後には、自分の付けたスミ跡はもちろん、もし可能であれば他の人が残したスミ跡もきれいに洗い流すくらいの心構えを持ちましょう。
ゴミは持ち帰る、小さな命はリリースする
自分で出したゴミは、必ず全て持ち帰る。これは釣り人として当然の責務です。また、秋のシーズンに釣れる手のひらサイズの小さなイカは、未来の釣りのためにリリース(逃がす)することも、資源を守る上で大切な行動です。
第8章:海からの恵みを食卓へ!アオリイカの締め方・捌き方・保存・レシピ

アオリイカ釣りのもう一つの大きな楽しみは、釣った後の「食」です。適切な処理をすることで、その美味しさを最大限に引き出すことができます。
釣った後の処理で味が決まる!「活け締め」と冷却法
釣れたアオリイカは、まず「活け締め(いけじめ)」を行います。これは、イカの急所を突いて即死させることで、鮮度と味の劣化を防ぐための重要な処理です。専用のピックやナイフで、目と目の間にある神経を突くと、イカの体が一瞬で真っ白に変わります。これが成功の合図です。
締めた後は、クーラーボックスで速やかに冷却しますが、ここで最も注意すべきは**「イカを真水や氷に直接触れさせない」**ことです。直接触れると浸透圧で身が水っぽくなり、味が著しく落ちてしまいます。必ずビニール袋などに入れ、氷が直接当たらないようにして持ち帰りましょう。
初心者でも簡単!アオリイカの捌き方講座
アオリイカの捌き方は、慣れれば意外と簡単です。包丁に不慣れな方は、キッチンバサミを使うと安全で手軽にできます。
- 胴とゲソ(足)を分ける:胴体の中に指を入れ、内臓と胴がつながっている部分を剥がし、ゲソをゆっくりと引き抜きます。この時、墨袋を破らないように注意しましょう。
- 甲と内臓を取り除く:胴体の中に残っている透明なプラスチックのような「甲(軟骨)」を引き抜きます。
- 皮を剥ぐ:胴体のエンペラ(ヒレ)と身の間に指を入れ、外側の厚い皮を剥ぎ取ります。刺身で食べる場合、食感を良くするために、身の表面についている「薄皮」もキッチンペーパーなどを使って丁寧に取り除くのが美味しく食べるコツです。
- ゲソを処理する:目の部分と、硬い「クチバシ」を取り除き、食べやすい大きさに切り分けます。
鮮度を保つ保存方法:冷蔵と冷凍のコツ
- 冷蔵保存:1~2日以内に食べる場合は、捌いたイカの水気をキッチンペーパーでよく拭き取り、ラップでぴったりと包んでから保存袋に入れ、冷蔵庫のチルド室などで保存します。
- 冷凍保存:長期保存する場合は冷凍がおすすめです。捌いて水気を拭き取ったイカを、1食分ずつラップで包み、冷凍用保存袋に入れて空気をしっかり抜いてから冷凍します。金属製のトレーに乗せると急速冷凍でき、品質が保たれます。約1ヶ月は美味しく食べられます。
絶品!初心者向けアオリイカレシピ3選
- ① 究極の定番「お刺身」:釣りたてならではの、ねっとりとした甘みと食感を最も堪能できる食べ方です。捌きたてよりも、冷蔵庫で半日~1日寝かせると、アミノ酸が増えてさらに甘みが増します。
- ② 簡単で間違いない「バター醤油炒め」:ゲソやエンペラも無駄なく使える、香ばしい香りが食欲をそそる一品。さっと炒めるのが、身を硬くしないコツです。
- ③ サクサクがたまらない「天ぷら」:肉厚なアオリイカの天ぷらは絶品。加熱することで甘みが引き立ち、サクサクの衣との相性も抜群です。
【重要】安全に美味しく食べるための警告:アニサキス症について

アニサキスとは?知っておくべき寄生虫のリスク
アオリイカを含む多くの魚介類には、「アニサキス」という寄生虫が潜んでいる可能性があります。このアニサキスが生きている状態で体内に入ると、食後数時間で胃や腸の壁に突き刺さり、激しい腹痛や嘔吐を引き起こす「アニサキス症」になることがあります。
予防がすべて!生食のための絶対条件
アニサキス症を防ぐ方法は、加熱または冷凍しかありません。一般的な料理で使う食酢、醤油、ワサビなどではアニサキスは死にません。
安全に生食(刺身など)で食べるための、厚生労働省が示す唯一確実な予防法は**「-20℃で24時間以上冷凍すること」**です。家庭用の冷凍庫でも、この基準を守ることで安全に食べることができます。加熱する場合は、60℃で1分以上、または70℃以上で瞬時に死滅します。
釣りたての新鮮なイカをすぐに刺身で食べたい気持ちはよく分かりますが、安全を最優先するならば、一度適切に冷凍処理してから解凍して食べることを強く推奨します。これが、海の恵みを安心して楽しむための、最も賢明で責任ある方法です。
おわりに

あなたのアオリイカ釣りは、ここから始まる!
この長いガイドを最後までお読みいただき、ありがとうございます。アオリイカ釣りの魅力と、そのために必要な知識の深さを感じていただけたでしょうか。
初心者が釣果を出すための鍵は、
- イカの数が多く活性の高い「秋」に始めること。
- 「堤防」で「藻場」や「スミ跡」のある場所を探すこと。
- 「シャクって、落とす」という基本動作をマスターし、特に「フォール」に集中すること。
- そして何よりも、安全とマナーを第一に考えること。
これらを心に留めておけば、きっと素晴らしい一匹との出会いが待っているはずです。
この素晴らしい趣味を、安全に、末永く楽しんでください。
アオリイカ釣りは、自然との対話であり、知的なゲームであり、そして最高の美味を追求する旅でもあります。このガイドが、あなたの新たな挑戦の一助となれば幸いです。釣り場に敬意を払い、海の恵みに感謝しながら、この素晴らしい趣味を安全に、そして末永く楽しんでください。